アフリカの貧困・児童虐待 過酷な環境を選ばざるを得ない人たち(SDGs 1, 3, 10)

更新日:3月10日

Keywords: #アフリカ #貧困 #児童虐待 #環境的弱者 #格差 #社会制度 #貧富の差





今回は「児童虐待から考える誰一人取り残さない社会」をテーマに据えた。専門家の先生にアフリカにおける貧困のお話をしていただいた上で、誰一人取り残さず支え合える社会についてディスカッションをしていった。







➢ 過酷な環境を選択せざるを得ない「環境的弱者」


 「環境的弱者」と聞くとどのような人々を思い浮かべるだろうか。ここでは「環境的弱者」を「制度上選択肢がなく、望まない環境を選ばざるを得ない人々」と定義する。例えば、アフリカで汚い水を何時間もかけて汲みにいき、飲んでいるような人々。この人々は汚い水を飲みたくて飲んでいるのではなく、飲まざるをえない環境であるから飲んでいるのである。このように過酷な環境以外を選択することができない人々を「環境的弱者」と表現した。これが今回のディスカッションのキーワードとなる。


➢ アフリカの経済成長と広がる格差


 近年、アフリカの経済成長は著しい。他の比較的豊かな国以上の成長率を見せている。その一方でインフラや社会制度などが十分には整っていない現状があるようだ。教育、食や農業、医療システムなど改善すべき内容は多岐に渡る。貧富の差は更に拡大しているという課題も抱えている。このような点においても「環境的な弱さ」というものを感じさせられた。



アフリカの子供
アフリカの子供

➢ 法律の改正だけでは進まぬ児童虐待解決への道


 近年、児童福祉法と児童虐待防止法の改正案が国会に提出され、可決されていった。しかしながら、果たして法律の改正だけで多くの幼い命が救えるだろうか。今現在、児童虐待に関して、制度上は児童相談所と警察が大きな役割を担っている。しかし、その体制はまだまだ発展途上であるようだ。目黒や千葉の痛ましい虐待事件なども例に挙がった。


➢ コミュニティの結びつきと同時に社会全体の力が必要


 児童虐待の解決策として、地域の繋がりが必要なのではないかという学生の意見が挙がった。一方で家庭や地域という小さなコミュニティの関係性だけではなく、社会制度といったより大きな枠組みでの対策も必要な問題であるだろうと議論は発展していった。選択肢のない中で子育てをしている親もいる。私たち大学生は何をすることができるのか、また将来何をしていけば良いのかを考えさせられる時間となった。

 

【学生の声】


学生1:

 20年前まで「the hopeless continent (希望のない大陸)」といわれていたアフリカが、経済の成長をしている反面、(社会制度は)その成長に追いつけていない現状があると知りました。選択肢がない人が多いのであれば、アフリカの発展がその人たちの選択肢を増やすことのできるものであってほしいですし、(それに対して)何かムーブメントを起こすことができる私となりたいと先生のお話をお聞きしながら感じました。先生のアフリカに対する情熱を感じ刺激をいただきました。

 日本の児童虐待に関する問題点としては、児相や権限の少なさ、家庭の希薄化、地域の希薄化があると知り、私にできることはなにか、まずはもっと勉強して深めていきたいと思いました。


学生2:

 私自身、アフリカに関して深く学んだことがないため、先生からの新鮮な情報に、驚くばかりでした。特に、経済の発展が進んでいる反面、アフリカ全体の40%以上が貧困に苦しんでいるということが印象に残りました。アフリカという一括りでなく、よりミクロな地域における支援が重要であると感じました。

 一方、児童虐待については、他分野の支援が必要であるということが印象的でした。また、社会がどこまで介入することができるかが問題点となるなと感じました。子どもにどういう親になって欲しいかを思いながら育児をしていくという考えは、今後の自分自身の勉学においても活かしていきたい視点であると感じました。


【まとめ】


 私たちがテレビや新聞といったメディアに日々接するなかで、アフリカの話題に触れることは少ない。だからこそ「アフリカ」と聞くと馴染みがない内容に感じられる。しかし、実際の人々の生活に目を向ける時、私たちはまるで身近な人になったかのようにその苦労を感じ、「どうにかできないか」という想いに駆られる。これは児童虐待の問題についても同じである。私たちが、生活が大変なアフリカの人や子育ての苦しい環境に立たされた親と苦労を分かち合うとき、「誰一人取り残さない社会」の実現が始まっていくのではないだろうか。

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